来世は猫になる

スローライフで、生きてたい

大学の講義の愚痴?というより願望かな?

 

大学の講義の愚痴というよりは、

「こうしたら良いのになー」って願望

 

まぁまずはいちいち出席を取らないで頂きたい

これのせいで出席のためにいってる時があるしそれは無駄じゃね?と思う。

(今回対象にしてるのは、実験とかディスカッションとかその場にいないとそもそも始まらないっていう講義じゃなくて、例えば教科書一冊進めていくみたいな座学ね、ここ大事)

 

出席のために行ってる講義なんて大して身にならないし、それでいかなければ単位がもらえない。卒業という資格を取るためには従わないといけない、orz.....って感じ。

 

それに教科書を進めるならその教科書が理解できたなら別に行く必要ないと思うしその間に他のことした方が効率てきじゃん?って思う。まぁ文科省さんが決めちゃったことだからどうしようもないけど。

 

15回出れば理解できるとは限らないけどね。まぁ一般的に15回出れば理解できるっていうデータというか、積み重ねがあったからできたルールなんだろうけど。

 

行きたい回だけ行けば良いと思う。それに出席することが目的化するのも良くない。その対象の講義なり教科書を理解することが目的。

 

 

問題を配るの良い、なぜ解答を配らない

たまにいるんですね。問題を配るのは良いとして解答を配らない教授が。毎年同じ授業担当してて毎年同じような問題を練習で配るんだったら一回解答作ってpdfにしちゃえば何年も使えるのに。。なぜその一回ができない。

 

それに解答も配ることで学生は分かったり勉強できるし、質問の手間も省けると思う。

むしろ一回作ったほうが教授陣も手間が省けると思うんですけどね。練習問題は別に毎年同じ物を出しても問題は無いと思うけども。

 

なんなら問題と解答を両方同時に配っても良いかもしれない。

 そんなことしたら写してくる人が出てくる、まじめにやってくる人達が可愛そうだ。的な発言があるけど、んーー理解するのが目的ならばその問題をどう利用しようが本人の勝手だと思うし、別に提出にしなければ良いと思う。自由に使って!みたいなね。

 

 板書予定の内容は事前にpdfで配っても良いと思う

まぁスライドで授業する教授も勿論たくさんいますけど、一部の教授はやはりすべて板書みたいなスタイルでして。

 

これも毎年同じ内容を板書するならば、一回pdfにしてしまえば毎年毎回90分板書しなくて良いのに。教授たちも無駄な労力使わなくて良いのに、と思ったりしますね。

 

書く内容決まってるならなおさら事前に配布しても良いように思うんです。それに前の人が邪魔で頭を避けながら必死に板書する光景?勉強熱心に見えますけど無駄な労力だなーみたいな。

 

事前に配ってれば無理に板書しなくて良いし、教授は教授でココは丁寧に解説したい!って時だけ板書できると思うし、学生も自分なりに今の話は板書みたいな感じでwin-winだと思うんだけどなー。

 

期末試験一発でも良いと思う

座学なら期末試験一発でも良いと思う。ちまちま小テストやったり課題提出させたり中間テストやったり、別にこれもやらなくても良いんじゃないかと思ったり。

 

課題提出なんて余計教授の時間を奪うだけだし?

それに普段授業聞いてなくても、期末試験が解けるレベルにもってくる学生はそれはそれでよいと思う。だって理解できてるんだし。

 

 

まぁたまにはこのような愚t、、願望ですね。うん願望。

こうなればよいのになー効率良いのになーーって思ったことを書いてみましたね。

はい!!