来世は猫になる

スローライフで、生きてたい

考えすぎる...と良くないね...

 

考えすぎると逆に何もできなくなる

 

これなんですよね。

考えることは良い、でも考えすぎるとどの作戦にすれば良いのか分からなくなってしまう。(最近はまさしくこの状況なので改善したい、そして文章に出すことで改善される、かもしれない)

 

「あらゆる選択肢がテーブルにおいてある」ってのも置きすぎるとダメなんですね。

 

試行の渦にハマるという表現が適切なのでしょうか。

 

渦にも色々な種類がありますよね。

「あの時あぁすればもっと良かった」ってのも反省という意味では良いですけど、変えられない過去の結果をいつまでも考えてしまうと次に進めなくなってしまう。(いくら変わらないって分かっててもしばらくは考えてしまう時もある)

未来について考えすぎるパターンもありますね。

そして考えすぎるとリスクがどんどん出てきて前に進めなくなってしまう。

でも一週間後の未来すら完璧に予測できないんだから10年後とかそれ以上の事を過度に心配するのは無駄だなーとは思う。(でも心配してしまうものだ、うん)何十年後の事なんてのはラプラスの悪魔にでも聞かない限り無理だろう。

 

それに例えばの話

 

2019年に今の20歳が50年後の事を心配するとすると2069年。

2019年に70歳の人が20歳の時に50年後の事を心配したとしたらその時は1969年。

 

1969年(昭和44年)

・まだバブルを迎えていない

・今よりも平均寿命は10年ちょい低い

・ネットはない、ギガ難民もwi-fi難民もいない

・新幹線が開業して10年も経っていないetc...

この時の人たちが今の生活を想像するなんてのは、、、まぁ不可能に近いだろう。

 

ということは、我々は一体何をそんなに心配してしまうのだ。

そもそも完璧な予測が無理な以上完璧な人生計画は存在しない。

 

「若いうちから正社員でいとかないと老後がーー」もわかるけど実際問題今ですら65歳を超えても働いてる人はたくさんいる。まぁここらの話は定番パターンだからあまり言わずに。。

 

分かり切った結論

 

まぁ「考えすぎずに行動しろ」と。

そして普段からめんどくさいが口癖な人も

「あーめんどくせーーー」

じゃなくて

「めんどくさかった...な!」

みたいに過去形で言えるようにしたいですね。

めんどくさい、めんどくさいけど、あくまで「めんどくさかった、な」って、やった結果に対して言えるように。

一回やってみると。やりながら考える。

しかしすぐは難しいかもしれない、徐々に徐々に。。

 

だからまぁ

「柔軟に対応できる人がどの時代も強い」んだろうなーって思う。

しかしこの先どうなるんだろう。。。って考えがちだからそこはうまく折り合いを徐々につけていきたい。

 

余談:

個人的にははやく人工知能さんが我々が働いて生み出したであろう賃金を代わりに生み出しそれをベースにした最低限暮らせる金のベーシックインカムを実現してほしい。20年以内とかには?

しかし「不便益」という言葉が存在するように、不便だからこそ良いみたいなこともあるからどうなんでしょうね。

DIY(do it yourself)なんてのも効率を考えれば業者に頼めば楽だし早いし完成度が高い、でーーも自分たちでやることに喜びを見出し暇をたしなむ。人間というのは不思議な生き物ですね。音楽活動やスポーツなんてのも本来「生存」という観点においては無駄でしかない。でもそれでお金が動き経済が周り人々も楽しくなる。効率を考えれば無駄なのに。でもこーゆー無駄な活動が生きる上で他の人との差別化が生まれて、自分らしく生きる?ことになるんでしょうか。毎日無駄のないルーティーンを繰り返すことは効率が良いけれど、もしかしたら無駄のない人生こそ「思考を持った人間」においては無駄な人生なのかもしれない。だから無駄(生存する上でいらない行動)をどんどんとやっていくべきなのかな!渋谷のただのバカ騒ぎハロウィンなんかも無駄だけれど、そーゆーことなのかもしれない。(さすがにゴミまき散らしとかは良くないが)

 

(最後らへんの文章をより深く知りたい方は

「京大的アホがなぜ必要か」←追記の最後はここの文章にかなり影響されてるのでそれくらいオススメです。

「その日暮らしの人類学」

辺りを読むと面白いですよ、

いつかレビューというか感想を書こうとはしている、いや書こう、うん)

 

まぁそんなこんなで、今を生きるしかないと、d(久々に書くと割と長文になったわね。