来世は猫になる

スローライフで、生きてたい

出席しても特に何もせず(in講義)

 

大学の講義を受けててこれまた思うことがありまして。

 

それは教授の出席の確認が終われば後は携帯いじったり、PCで違うことしたりがどうも多い。自分の大学や他の大学の友達に聞いても大体同じ感じ。なんならこれが正常かの如く。勿論ちゃんと受けてる人もいます。自分も当てはまることがあるのでそんなに人の事は言えないですけどまぁちょっとは言いたい、わら

 

「出席はするけど話とか聞こうともしない人」or「限界まで休むけどその時間は勉強に費やしてるその講義の理解もしてる人」

どっちが良いか、みたいなの皆一度は考えてたり?他にも

 

「過去問で単位はAの人」or「自力で単位はBの人」(ただこれでズルいとか言ってひねくれるのも少し違うとは思う、だって他人どうこうよりも自分がそれを理解したかの方が大事だとおもうから。)

「課題に真面目に取り組んだうえでの点数の人」or「他人に見せてもらい結果的に前者より点数が良い人」

「真面目に授業聞いてるけど点数悪い」or「聞いてないけど点数良い」

高校でも

「先生の指示通りにやって志望校に落ちた人」or「まったく言うこと聞かなかったけど志望校に受かった人」

社会人でも、同じ仕事量を

「残業までして必死に終わらした人」or 「ささっと終わらし定時退社」

 

言い出したらきりがないでですよね。

要は「形式主義」か「本質主義」か、みたいな。日本は形式主義寄りかな?

 

出席も形は表面上問題はないけど蓋をあけたら寝てたり携帯してたり本質的には何も講義内容を理解できてないみたいな。

でも日本てとりあいず形だけできてたら良い、形式には妙に厳しいところがありますよね。出勤時間は必ず一分でも遅れたらダメとか、の割には残業はゆるいけど。出席だってとりあいずその場にいればOKみたいな。高校でも先生の言ってることを忠実に守った人は落ちても頑張ったね。っていわれて従ってない人が落ちたらほら言わんこっちゃない。って感じ。

 

でも結局は他人なんて気にする必要はないんですけどね。(あれ、コレ本題とちょっとズレた気がするぞ、嫌でもふと思いついたセリフだから書いちゃお..!まぁ大丈夫だろう...!)

とりあいず評価の軸を自分の中に持ってれば他人がどうとかそんなに気にならなくなりますし。それを相手に合わせた瞬間「うわ私はあの人より劣ってる」とか「あいつには勝ってる」みたいに醜い争いが起きやすくなりそうですし。他人と比べて自分はどうかを気にしすぎて自我がなくなってシンドイみたいな。自分のことに忙しくありたい、うんうん。

まぁたまには言いたくなるものでもありますけっどね当然のごとく!!